「病院でヘルニアと言われました」「軟骨がすり減っていると言われて、もう治らないのかと思って」——問診でこうした言葉を聞いたとき、どう返答するか迷った経験はないでしょうか。画像所見を否定すれば医療機関との信頼関係を損ないかねず、かといって画像所見をそのまま痛みの原因として扱うと、患者の不安を強化してしまうことがあります。この「画像と症状のずれ」をどう説明するかは、治療家にとって避けて通れないテーマです。本記事では、無症候性の画像所見に関する研究を土台に、患者説明の組み立て方を整理します。

無症候性所見の研究が示していること

この領域で最もよく引用される研究のひとつが、Brinjikji らが2015年に発表した系統的レビューです。腰部の画像検査に関する複数の研究を統合し、「痛みのない人」にどれくらい変性所見が見られるかを年代別にまとめたものです。

このレビューによれば、椎間板変性は痛みのない20代でもおよそ3人に1人に見られ、加齢とともに割合は上がり、高齢層では大多数に認められると報告されています。椎間板膨隆(ディスクバルジ)についても、無症候の若年層から一定の割合で観察されることが示されました。つまり、椎間板の変性や膨隆といった所見は、痛みのある人に特有のものではなく、年齢を重ねた背骨に広く見られる変化だという見方が示されたわけです。

同様の現象は腰部に限りません。頸椎の画像所見についても、症状のない人に椎間板の変性や膨隆が高い頻度で観察されることが複数の研究で報告されています。肩の腱板や膝の半月板についても、無症候の人に構造的な変化が一定の割合で見つかることを示す報告があり、「画像上の変化が、そのまま痛みの原因とは限らない」という知見は、部位を超えて共通するテーマになりつつあります。

ただし、ここで注意が必要です。これらの研究は「画像所見は痛みと無関係だ」と証明したものではありません。同じ所見でも、症状のある群のほうが出現頻度が高いことを示唆する報告もあり、画像所見と症状の関係は「一対一で対応しない」というのが正確な読み方です。所見を軽視するのでも重視しすぎるのでもなく、「所見だけでは症状を説明しきれない」という位置づけで捉えることが求められます。

なぜ「ずれ」が生じるのか——痛みの多要因性

画像と症状がずれる背景には、痛みが組織の状態だけで決まらないという事実があります。近年の疼痛研究では、痛みの体験には組織の状態に加えて、中枢神経系での処理、心理的状態、睡眠、社会的背景など複数の要因が関与すると考えられています。慢性痛では、末梢の組織変化よりも神経系の感作(痛みの信号処理が敏感になる状態)の関与が大きい場合があることも報告されています。

この枠組みで考えると、「画像で異常があるのに痛くない人」も「画像がきれいなのに痛い人」も、矛盾ではなく自然な現象として理解できます。治療家がこの視点を持っているかどうかで、患者への言葉の選び方は大きく変わります。

さらに見逃せないのが、説明の言葉そのものが症状の経過に影響し得るという視点です。「骨がすり減っている」「背骨がつぶれている」といった表現を聞いた患者が、身体を壊れ物のように扱い、活動を避けるようになる場面は臨床でしばしば観察されます。医療者の言葉が患者の不安や回避行動と関連し得ることは近年の研究でも関心を集めており、痛みへの恐怖から活動を避けることが機能低下につながり得るという枠組み(恐怖回避モデル)とも整合します。つまり患者説明は、単なる情報提供ではなく、経過に関わり得る臨床行為の一部だと捉えたほうがよいわけです。

患者説明の組み立て方——3つのステップ

研究知見を実際の説明に落とし込むとき、次の3ステップで組み立てると、否定も誇張もしない説明になりやすいと考えられます。

ステップ1: 医師の診断を否定しない

まず、「その所見は実際にあるのでしょう」と画像所見の存在自体は認めます。治療家が医師の診断を否定する構図になると、患者は誰を信じてよいか分からなくなり、かえって不安が増します。診断名の解釈を争うのではなく、所見と症状の関係の捉え方を補足する立場を取ります。

ステップ2: 無症候性所見の知見を「安心材料」として翻訳する

次に、「実は、痛みのない人の背骨を調べた研究でも、同じような所見は多くの人に見つかることが報告されています」と伝えます。ここでのポイントは、数字を突きつけて画像所見を無意味だと言うことではなく、「その所見があること=痛みが続く運命、ではない」という希望の文脈で使うことです。同じ研究知見でも、伝え方次第で安心材料にも混乱の種にもなります。

ステップ3: 「では何にアプローチするか」を提示する

最後に、痛みには複数の要因が関わるという前提を共有した上で、姿勢や動作の習慣、筋の緊張状態、睡眠やストレスといった「今から働きかけられる要因」に焦点を移します。画像は変えられなくても、関与している他の要因には働きかける余地がある——この構図が伝わると、患者は施術とセルフケアに主体的に取り組みやすくなります。

3つのステップをつなげると、たとえば次のような流れになります。「レントゲンで写った変化は、実際にあるのだと思います。ただ、痛みのない方の背骨を調べた研究でも、同じような変化は多くの方に見つかると報告されていて、その所見だけで今の痛みのすべてが決まるわけではなさそうです。だからこそ、筋肉の状態や日中の姿勢、睡眠など、今から変えられるところに一緒に取り組んでみませんか」。所見の肯定、研究知見の翻訳、行動への接続が一続きになっていることが分かるかと思います。もちろん言い回しは患者に合わせて調整が必要ですが、骨格をこの順序で持っておくと、その場で言葉に詰まることが減ります。

説明で避けたい2つの落とし穴

一つ目は、「画像は関係ない」と言い切ってしまうことです。前述の通り、研究が示したのは「所見と症状は一対一で対応しない」ことであって、無関係の証明ではありません。また、重篤な疾患を示唆する徴候(レッドフラッグ)がある場合には、画像所見と医学的評価が決定的に重要です。言い切りは、科学的にも安全管理上も不正確です。

二つ目は、専門用語の解説に終始してしまうことです。患者が本当に知りたいのは椎間板の解剖学ではなく、「自分はこれからどうなるのか」「何をすればよいのか」です。研究知見はあくまで不安を和らげ、行動につなげるための材料として使い、説明の着地点は常に「次の一歩」に置くことが大切です。

まとめ——画像の「翻訳者」としての治療家

画像所見と症状のずれは、臨床では日常的に出会う現象です。無症候性所見の研究を知っていれば、このずれを「説明に困る場面」から「患者の不安を整理し直す機会」に変えることができます。医師の診断を尊重しながら、所見の意味を生活の文脈に翻訳し、働きかけられる要因へ焦点を移す。この翻訳者としての役割は、画像診断装置を持たない治療家だからこそ担える領域だと言えるのではないでしょうか。明日の問診で「ヘルニアと言われた」という言葉を聞いたとき、まずは所見を否定せず受け止め、研究知見を安心材料に翻訳し、働きかけられる要因へ話を進める——この3ステップを思い出していただければと思います。説明の質は、手技の質と同じように、訓練で高められる臨床技術です。